この世界では、
”言葉”が魔力を持っていた。

珠代

海水を真水に変えるまで

雛/珠代 > 「……ひどい隈。」((白地に金魚の浴衣でめかし込んだ自分が、軍人の顔で鏡の中から見つめ返す。おもわず零れた溜息は、騒々しいひぐらしの声にかき消された。これからまた珠希になるというのに、こんな調子ではすぐに化けの皮が剥がれてしまう。一晩限りと思っていたのに、まさかもう一度珠希の出番が来るとは思わなかった。珠代の顔を塗り替えたくていつもより濃く紅を引けば、鮮やかに染まった唇があの子の浴衣を思い起こさせた。私たち、金魚姫と人魚姫ね――。昨日の晩から繰り返し泡のように浮かんでくる声が耳に残って離れない。あの子は何から逃げたかったんだろう。私からというよりも、もっと他の……祭りの終わり、とか。思い通りにいかない夏、とか。まとまらない思考を振り払うように首を振って、ラムネ色のとんぼ玉がついたお気に入りの簪を手に取った。今日は髪を結っていこう。気休め程度の合口を帯に、貝殻に入った紅を巾着に忍ばせて、竜灯が届けてくれた水笛を持てば準備は整った。珠代にできなくても、珠希になら。今度こそあの金魚を掬ってみせる。))「……大根役者に乞うご期待。」((さあ、本宮へ。))〆【海水を真水に変えるまで】   (8/18 22:27:33)