この世界では、
”言葉”が魔力を持っていた。

痛み、響き

ゑゐりあん/董 > 「あなたは伊丹家の希望なの」(優しい顔で母は言った)「家の名に恥じず、精進し続けるんだぞ」(厳格な顔で父は言った)「まったく…。その程度なのか?お前には期待外れだな」(失望した顔で兄に言われた)「響希はいいよねぇ。軍に入ることが決まっててさ。将来安泰じゃん」(羨ましそうな顔で親友に言われた)「てめぇに!エリートのてめぇに何がわかるってんだ!」(妬みの顔で幼馴染に言われた)「なぁ響希」「おい、響希」ねぇ「ちょっと響希さん」やめてよ「…響希」お願いだから「響希」その顔で「響希」そんな顔で「響希」私を見ないで「響希」私は…「響希」私は…ッ!!(自分の生きたいように生きたいのッ!!)…ッ!!!(気が付くと、そこは宿の一室だった。体は汗でびっしょりと濡れており、息も上がっている。家を離れてから一年、董は様々な地域を訪れた。今は海南都のとある港町に宿泊していたのだが、どうやら悪夢を見ていたようだった。否、悪夢というよりは…思い出、というべきだろう)…最悪   (7/26 15:21:22)
ゑゐりあん/董 > (外はまだ暗い。体は疲れているが、再び床に入る気もない。入る勇気がない。再びあの夢を見たら面倒だ。そう思って董はベットから出て汗を拭う。そして、着物を羽織って宿の外に出た。潮風が彼女の柔肌を撫でる。漁師は既に海に繰り出したのかひっそりと静まり返っていた)……(じっと、水平線のかなたを見つめる董。思えば、随分と遠くへ来たものだ。董の生家である伊丹家。それは、尊華帝國に代々忠誠を誓い、戦力として帝國に奉仕をしてきた一族である。帝國内でもそれなりに有名な一族でありいわゆる“名家”である。董はそんな一族の元に生まれた。幼い頃から戦いのイロハを叩き込まれ、一族が使う魔術を教えられ、将来を約束され生きてきた。…が、それが董にとっては苦痛でしかなかったのだ。皆が“伊丹 響希”ではなく、“伊丹家の人間”としてしか見ないのである。“将来を確約されたエリート”“一族の誇り”“伊丹家の令嬢”。董の人生には、常に“伊丹家”という嫌というほど輝かしい名声が、生まれながらにして付けられた名声が、常に纏わりついていたのだ   (7/26 15:22:10)
ゑゐりあん/董 > 最初こそ、董はそのことを誇りに思っていた。自分は伊丹家の人間なんだ。恥じない生き方をしなければならない。…しかし、そんな彼女の誇りはあることをきっかけに崩れ去った。董が15歳の頃、つまりは四年前のこと。終結しかかっていた戦争に参加したいと両親にその旨を告げた。自分も活躍している一族のように戦い、帝國に忠義を示したい。周囲から期待される自分ならば、きっと役に立てるはずだと思ったのだ。しかし、一族は皆反対。結果として董は戦争には参加できなかった。しかし、董の幼馴染の青年は別であった。彼は軍に召集されたのだ。董は彼に対し、自分が参戦を認められなかったこと。幼馴染が召集されたことがうらやましいことを告げた。…その時、董は気づいていなかったのだ。どうして同い年なのに自分ではなく幼馴染が戦争に召集されたのかに)「ふざけんじゃねぇよっ!!」   (7/26 15:22:49)
ゑゐりあん/董 > (第一声は号哭にも似た怒号だった。幼馴染は自分が今まで抱いていた感情を吐き出した。自分は戦争に参加したくないこと。董が戦争に参加できなかったのは“伊丹家”というバックがある為であること。周囲の大人たちが董を褒めるのは伊丹家との繋がりを持ちたいからという事。自分も弱いくせに周囲から甘やかされることが許せないこと。そして…)「お前から“伊丹”が無くなったら…空っぽなんだよ」(仲の良かった幼馴染から言われたこの言葉が、董の心を、幻想を打ち砕いた。自分から伊丹家を取れば何もなくなる。つまり、今まで周囲の人間が見てきた自分は“伊丹家というフィルターを通して見た存在”という事なのだ。それからというもの、董は変わった。自分に接するすべての人々が信じられなくなった。両親としょっちゅう。喧嘩するようになった。“家”が嫌いになった。そして戦争が終結したのち、董は軍に入隊したものの、待っていたのは“伊丹家”というレッテルの張られた軍生活であった   (7/26 15:23:21)
ゑゐりあん/董 > あらゆる場所で“伊丹家の令嬢”という部分でしか見られず、“伊丹 響希”という個人では誰も見てくれなかった。それに、両親からは家の名を汚さぬようにと自由を奪われた。そしてついに、決意したのだ)私は…強くなる(この世界で最も強くなれば、自分のことを“伊丹 響希”という個人として見てくれるはずだ。見ない奴はねじ伏せればいい。そう言う考えに至ったのだ。そして董は軍を抜け、家を飛び出した。世界でもっとも強くなり、“伊丹 響希”という個人を認めさせる。そう心に決めて。そして彼女は、二度と帰ってこなかった幼馴染の名を借り“董”と名乗り、世界をめぐる傭兵となったのだ。…しかし)…世界は…私の想像を超えてた…。…ほんと、井の中の蛙よね   (7/26 15:23:46)
ゑゐりあん/董 > (待っていたのは、家に守られていた自分という現実だった。もちろん、そこら辺のチンピラには負けないし、そこそこの力は持っている。しかし、“本当の強者”には手も足も出なかった。そのたびに挫けそうになり、折れそうになったが、世界最強の称号を手に入れる、という夢を原動力に我武者羅に戦っている)…ほんとに…強くなれるのかな(そもそも、何をもって世界最強なのだろうか。今冷静に考えれば、董の考えは矛盾だらけである。しかし、それを気付くこともなく、気付いていたとしても目を背けてここまで来たのだ。今更、引き返せない)…やめた。もう考えない(そう言うと董は踵を返して宿へと戻る。難しいことは考えない。強くなってからすべて考えればいいのだ。だからこそ董はひた走るのだ。何も考えず、何も思わず、ただ強さを求めるのだ。そんなのでは絶対に強くなれないと、心のどこかで理解しながら)【痛み、響き】   (7/26 15:24:00)