ビナ
残された人の話冷たさは、蒼い夜の空気を醸し出す。
風は静かで、時折、草の青臭さを運んで、ゆっくりと時間と一緒に、一直線へ流れて行った。
不意を突くように、バチンといった薪の跳ねる音が聞こえる。
微睡に細めた瞳に、ゆらゆら揺れる炎を映して、夢見心地の少女は薪の火元に手頃な枝を追加することにした。
ふぅ、と一息ついて、背後のもこもこに体重を任せて凭れつく。
そのふわふわの正体とは、眠る巨大な雲のような羊だった。
少女と羊は、夢と現を往復していた。
視線を火から上へと移すと、そこにはいっぱいにこぼれ落ちてきそうな程、賑やかな星空が広がっている。
あんなに綺麗なのに、どこか冷たい印象を受ける宝石箱は、もう何千年も変わらず、この世界を見下ろしている。
神は、きっとそこにいるみたいに。不変に俯瞰していた。
「ねえ。」
不意を突いたのは、今度は少女の声だった。
その声に、羊はゆっくりと目蓋を開く。
「時々、思うんだ。」
少女の声は幼さを残した柔らかい高音だったが、落ち着いた語感は寧ろ年老いた老婆に近い。
羊は答えもせず、黙ってそんな少女の声を聞いているようだった。羊の代わりに、弾けた薪の音が鳴る。
「なんで、わたしは息をして、食べて、喋って、旅をしているのかなって。もし、わたしを一から作った神様がいるのだとして、もしそうだとしたらわたしはその神になにを求められているのだろうって。………よく、わからないんだけど、たまに本当にそう考えてしまって、夜も眠れない時があるんだ。」
少女の話は続く。
「ねえ、考えてもみてよ。世界には、無駄なものなんて一つもないなんて言うけど、そしたら私はなんで生まれたのだろう。本当にこのまま生きていて、いいのかなって。ん、そう、不安。不安に思う時が、あるんだ。」
少し間が空く。
少女が、羊に相槌を待つような空白だったが、背中の羊はやっぱり羊で、喋ることも、頷くこともせず、ただ黒真珠のような目を、炎の赤に潤させるだけだった。
少女は諦めたように笑って、頷いた。
「あっはは、ごめんね。突然こんな話しちゃって。わたしもわかんないのに、『ガフ』はもっとわかんないよね。」
『ガフ』、そう呼ばれた巨大羊は、肯定するみたいにメェ〜と間延びしたような鳴き声で返す。
「じゃあ、もう、寝ちゃおっか。」
「おやすみ、ガフ…………」
ふわふわの、ガフのクッションに身を預けて、ゆっくりと少女の呼吸のペースが遅くなり、やがて、吐息は静かに、もう喋ることもなかった。
それから、羊もまたゆっくりと目蓋を閉じ、薪が残り火になる頃には、一人と一匹はもう夢の世界だった。
【残された人たち】
足首ほどの高さの草が、一面に覆い生えている緑の絨毯。
遠くにはなんと立派な守山(スザン)の霊峰が一望できる。
ウェンディア王国の袁都(ウェント)への行路半ば、越里(スーリ)の広大な草原を抜けようと旅足を進めている最中だった。
「そろそろかなあ。」
羊皮紙に記載された、大雑把な地図と太陽の位置とを交互に睨めっこして、隣の道連に少女はそう問いかけた。
少女の格好は黒を基調とした、ゆったりとした遊牧民族のような格好で、体の輪郭が見えないほどに遊びがある服装だった。
それに対し、下は赤いスカートで、露出が少な過ぎる上半身に対し、下半身は素足がすらりと見える。
ヨズア人特有の小麦色の健康そうな膚。その肌と服装に対照的な、星のような煌く雪のような髪をしている。
切り揃えた前髪からちらりと覗かせるペリドットの瞳は、あどけない顔付きの少女が持ち主とは思えないほど、深い知性を宿していた。
彼女の字は、『ビナ』。
旅人だ。
「うーん、やっぱし、もうちょいかかりそ。でも、たしかぁー………うん、ちょっとこの近くに集落があったね。今晩はそこで一晩過ごさせていただいて、明日王都に到着ってことにしよっかな。お腹すいたし………さっき疲労回復の薬草摘んどいたけど、使うの面倒なくらい疲れたし………野営準備するのもめんどーだし………」
ボロボロ後半になるにつれて本音が漏れ出す様を、隣の羊は目を細める。
「な、なにさあーガフ。そ、そんな目で見ないでよ。ガフだって疲れてるでしょ?荷物持たせちゃってるしさ。」
「メェー。」
まだまだいけるぞ、と伝えたいように急にガフの歩幅が大きくなった。
「ちょ、ちょっとタンマ!は、はやいってば!わかったわかった!ガフがすごいのはわかったからあー!でもちゃんと休めるときに休むのが旅の基本だよ!」
慌てたように諭すビナの言葉に、ガフは納得したようにこちらに戻ってきた。
そんなガフにビナは嬉しそうに微笑んで、いい子だねとガフの頭を撫でるのであった。
「大丈夫、ガフに助けられっぱなしなのはわたしの方なんだから。だから、ガフがすごいのは、わたしがいっちばん、わかってるから、安心してね。」
満足そうに、羊は鳴いた。
集落まで辿り着き、予定通りそこにお世話になることにした。
「村長さん、お久しぶりです。」
「おぁあー!あの時の嬢ちゃんか。息災だったか?」
よく肌が焼けた精悍な中年男性が気持ちの良い笑顔で出迎えてくれた。
この人は、この集落の長だ。
以前お世話になった時のまま、なにもこの人は変わっていない。
「はい、おかげさまで………。村長さんもお変わらず……」
「ぐわっはっはぁ!ビナちゃんも、ガフくんも元気そうでなによりだなア?ええ?二人とも少し大きくなったか?」
「ええ、まあ………」
「メェー」
確かに、昨年か、体が思い出したように成長し始め、当時こそ成長痛に酷い目にあったが、今は少し落ち着いている。
「あ、そだ。えと、なんか、変わりましたね、街………。」
「おっ、わかるか?」
キョロキョロと見渡して、ビナはそう言った。
以前訪れた時より、やけに設備が整っているというか、インフラの水準が跳ね上がっているというか、いや、なにより活気がある。
これじゃあ集落というより、ちょっとした街だ。
ここ数年で、ちょっとこの急成長は異常だった。
「戦争が休戦してから、王国と帝國が連帯するようになっただろう?」
「イモータルの件ですか?」
「あぁ、そうだ。近年、そのイモータルっつー化け物どもの対策で、帝國と王国は二人三脚で対応に追われておる。二国はお互いの首都に使者も出し合っていてな、その中継地として、よくここが使われるようになったのだ。今日は奴さんらはいねぇが、居るときゃあお役人様らにワシたちアおもてなしせねばなんねえ。そのおかげでここ最近はここも随分大きく成長してな。充実しておるよ。」
道理でと、ビナは納得する。
「不健康なんかでいられないってわけですね。」
「その通り!かあー、イモータル様々だって言いたいところだがな………………」
「………?いかがしましたか?」
その時、活力の塊みたいだった村長が初めて良い淀み、残念そうに表情を曇らせた。
「いや…………実は、な————」
「よーし、今晩はこの辺にお邪魔させていただいて、と………ガフー、その鞄こっちちょーだーい。」
村長との挨拶を終わり、普段話にあったお役人たちが使っているテント場をお勧めしてくれた。
いや、確かに町の中で場所を貸していただけるのは嬉しいけれども。
「やっぱ、ちょっと、広すぎじゃないかな〜……?」
わたし一人で使うならば、逆に大目立ちするぐらいのだだっ広いスペースが有り余っていた。
話によると、お役人たちが中継に訪れた際にはここもいっぱいになるというのだが、これじゃ完全にシュールな贅沢になってしまっていて、落ち着かない。
ガフが鞄を咥えて持ってきてくれたので、それを撫でて褒めながら、鞄の中から貴重品を手持ちの鞄に分けて行きながら、先ほど村長が言った言葉が、嫌に頭の中にぐるぐる繰り返し残っていた。
「ガフ、『あれ』ほんとかな…………」
村長との会話を、ビナは難しそうな顔をして想起した。
『この町の中からイモータルが……?!』
『シッ、声がでけぇっ……!ああ、そうだ。三年前の戦争で夫を亡くした、未亡人の奥さんなんて話、今時珍しい話でもねえ。この町にも、一人いんのさ。』
『その、奥さんの旦那さんが…………』
『ああ…………ったく、胸糞悪い話さ。もう討伐されたって報告があったんだがな………。これ以上は…………』
『わかりました。話してくれて、ありがとうございます………。』
こんな、よりにもよってこんなことが。
イモータルとは、屍人が蘇り、明確な人類の敵として牙を向く悪の存在だ。
愛する人を亡くし、その始末、イモータルとして愛した人が人類の敵となるなんて、これ程惨たらしい話があるものか。
ビナは、苦い顔をして、鞄の口を閉め、腹拵えでもしようと思って立ち上がったその時だった。
「だ、だれかぁっ!」
「え?」
児女の声が、平穏の水面に明確な異変として漣を起こす。
ただ事ではない雰囲気、ビナは辺りを見回し、やがて涙を流しながら走って助けを求める児女の姿を見つけた。
「き、きみっ、なにか、あったの?」
「う、うぇ、お、おねーちゃんっ!おかあ、おかあさんっ、があっ!し、死んじゃうのおー!」
「へっ………?!」
それは、絶対に急がなきゃならない。
考えるより前にビナの言葉が先に出た。
「『ガフ』ッッッ!来て、わたしたちを運んで!!」
「メエエ!」
とにかく、間に合って欲しい。
うるさいくらいの動悸と、女の子の泣き顔が頭の中にチラついて、とにかく早く早く、風よりも早く、時よ止まれと考えるしかなかった。
ガフの大きな体は、わたしと女の子を軽々と背中に持ち上げ、女の子の指示に従って早馬の如く駈け向かうのであった。
「ほんとうに、ご迷惑をおかけしました………。」
優しそうな女性だった。
言葉が丸みを帯びているみたいで、包容力がある女性だった。
ビナは知っている。
子を産んだ後の母親たちは、みんなそうなのだ。
言葉の節々に、我が子への愛が滲んでいる。
「ほんと、良かったよ。倒れちゃったのは、恐らくは疲労だね。『疲労回復の効力がある薬草』を煎じたから、これちゃんと飲んで、安静にしてればすぐ良くなると思うよ。」
「はい………この子がいるのに、私がちゃんと、しっかりしないといけませんのに………」
「ふぇえっ、うええんおかあさんっ、おかあさんっ!死んじゃうかとおもって………っ!ひぐっ」
泣きついて、ベットに横たわる母親を懸命に抱きしめて、もう離したくないように泣きつく様に、わたしは思わず表情が柔らかくなる。
「お母さんのことが、大好きなんだね。」
「もうっ、この子ったら………」
「あんまり、怒らないであげて。この子、ほんとうにお母さんのことが心配で、あんなに走って、転んで怪我をしても、お母さんを先に助けてって。強く、すごく強い『言葉』で言ってくれてたの。」
「そう、だったの?」
こくんと、顔を母親の体に埋めながら、小さく頷いた。
それを聞いて、女性は涙を浮かべながら、優しく、女の子の頭を撫で始める。
「ありがとう。お母さん、とっても嬉しいわ。」
「ぐすっ………うん……!」
「私、カーラと言います、この子はメルー………。この度は、ほんとうにありがとうございました。」
そう言って、深く、深くお辞儀をした。
「いやっ、わたしはっ、頭を上げて……」
「いえ、上げません。」
「う、うえっ」
「ほんとうに、お礼を申し上げたいのです。」
これが、母の強さか……と、ビナは変に納得してしまった。
「わ、わかった………。なら、受け取っておくね。」
「はい。」
立派だ。
「そう言えば、えっと………」
「あ、ビナです。」
「ありがとうございます。ビナさん………は旅のお方なのですか?」
そのワードに、顔を埋めていたままのメルーが、ピクリと反応をする。
「あ、えと、そうだよ。」
「ほんと?!」
「へえっ?!」
がばっと起き上がり、目に輝きを取り戻したメルーがビックリ箱みたいに飛び起きて、ビナに迫った。
「あ、こ、こら!メルー、だめでしょう?」
「だってだって!お母さん、お外の人なんだよ!お父さんのこと、なんか知ってるかもなんだよ!」
「あ……………」
「………………?」
ビナは、カーラの言葉をやめた様子に違和感を憶えた。
カーラの表情は、何か、深刻そうな、不安そうな表情に変わって、口が開こうにも言葉は出てこない様子だった。
こういう変化には、子どもは恐ろしいほど鋭く察しがつく。
メルーの表情が変わる前に、ビナは話を繰り出した。
「————メルーちゃん。おねーちゃん、メルーちゃんのお父さんのこと、わかんないかもしれないけど、旅のお話たくさんしてあげよっか。もしかしたら、お父さんのこと、わたし知ってるかもだから。」
「ほんと?!」
「もちろん!いっぱいあるんだあ………もう、おねーちゃん、今から何のお話しようか迷っちゃうくらい!」
「ほんとおー?!やった、やった!たまにくる兵隊さんは怖くて聞けなかったから、すごい嬉しい!」
「……………そっか。」
「うん………だから全然、お父さんのことわかんないんの………。」
「じゃあ、今夜は、わたしのお話聞きながら寝よ?」
「えー、わくわくして、寝れないよー」
「あはは、ほんとかなー?」
結局、予想より早い段階でメルーは眠ってしまった。
たぶん、今日は一日疲れてしまったのだろう。
唯一の家族であるお母さんが倒れ、死んじゃうかもしれないという恐怖を乗り越えて、助けを求めに母と一緒じゃなきゃ出歩かないような街を、たった一人で。
あんな涙を流して、転んで。
どんな、思いをしただろう。
どんな、辛い思いを。
少なくとも、今のビナに、その心情を推し量れる程の言葉を持っていなかった。
「すぐ寝ちゃったよ。」
「ありがとうございます、なにから、何まで………」
「………………。」
カーラさんは、起きていた。ベットに、上半身を起こして。
「情けない母でしょう。あの子に、助けられて、頼ってばかりの私は、私が嫌いでした。」
「あの子は、いい子だよ。とても優しくて、とても強い。」
「そうだと、いいのですが…………」
カーラは悔しそうに、唇を歪ませていた。
ビナは、その様子に目を細める。
「ビナさん。」
カーラは、切り出すようにビナを呼んだ。
「なに?」
「わたしの話を、聞いてくださいませんか。」
まるで、嘔吐するみたく、苦しそうにそう提案をした。
ビナ、頷かない理由はなかった。
カーラはいくつか大きく呼吸をして、自分の胸に手を当ててから、何かを決心したように一息ついて語り始める。
「私の、夫の話です。…………私の夫は、王国の騎士で、3年前の魔術戦争で戦没したと聞きました。それを聞いて、私は、もう抜け殻のような生活を送って………でも、あの子の前では、メルーの前ではそんな情けないところを見せられず、笑顔を忘れずに…………あの子と乗り越えようとしていたんです………。」
「でも…………。」
「えぇ………。先程は、お気をつかわせていただき、ありがとうございます。お気づきの通り、私は、あの子を頼りに生きてしまっていた。だから、あの子に父の死を告げてしまったら、あの子がどうなるか、わからない。『私は頼れるものが無くなってしまうかもしれない』。それがどうしても怖くて、恐ろしくて堪らなくて、だから、教えることができなかったのです…………。お父さんは、まだお仕事が忙しいんだって。我が娘にそんな汚い嘘をつき続けて、私の心のヒビはどんどん広がり…………限界でした。」
胸に手を当てて、カーラの声は震えていた。
この話は、恐らくは、旅人であるビナにこそ話せたことだったかもしれない。
明日にはもう居なくなって、今生の別れになるかもしれないビナにこそ話せた。
そう思える。
ビナは、彼女の話を沈黙を貫き通して聞き入れ、時折相槌を打つ。
きっと悪夢のような日々だったのだろう。
だが、この話は本質ではない気がする。
なぜだかわからないけども、ビナは無性にそう思えて仕方がなかった。
「だから、私、願ってしまったんです。言葉にしてしまったのです………。」
そして、その予想は、最悪の結果で当たることになる。
「夫に………アレンに『会いたい』って………」
「まさか………」
「異変に気付いたのはそれから数日後でした………。死んだはずの夫の姿と同じ特徴のイモータルを見たという噂が、あの中継にくる兵隊たちの噂が聞こえ。私、そのことがなにを意味するのかわかっておきながら、疑うことなく、喜んでしまったんです。また、会える。またあの人に、私の最愛の人に会えるって。」
「それ、は…………」
なんて、様なんだろう。
「私の愛した、私たち家族の父はもうどこもいない。今いるのは、人類の敵であるのだと。『夫のイモータル討伐報告』を聞き、そこでやっと目を覚ましたのです。私は、あの時一瞬だけ、人類の敵だった。」
なんて様なんだ。
血が滲むほどに拳を握りしめ、泣きそうになりながらも、話してくれる。
誰が悪い、誰が弱い、誰のせい。
そんな話ではなく、戦争が生んだ悲劇で、その悲劇に悲劇が重なった。
たったそれだけの、気の毒すぎる話だった。
「私は、信仰を捨てました。そんなひねくれた願いを叶える神など、信仰する私が馬鹿らしくて。憎たらしい。」
「………そう、だったんだ…………」
醜いなんて、言葉も出ない。
陰鬱な、しつこく粘つくような空気が、吐き気を催した。
心臓の音がうるさい。今なら止めてしまえそうだった。
「わたしは、魔術師なんだ。だから、あなたの信仰を捨てるという心情は分かり合えそうにも………」
「知ってました。あなたの話す言葉は、夫のように、特別な感じがしたから、なんだか夫に話してるみたいで懐かしくなって………つい私を見せてしまいましたね………。お恥ずかしい限りです。」
「ううん、聞けてよかった。」
「ビナさんが、話を聞いてくれたおかげで、私、踏ん切りがついたのです。本当に、体が軽くなった。」
カーラの表情にもう曇りはなく、雨上がりのようにすっきりした青空だった。
「娘に、本当のことを話そうと………。ビナさんの、おかげです。」
「いえ、わたしは、ぜんぜん………。」
「ふふふっ、相変わらず、謙虚な人ですね。ビナさんは………」
「そ、そーかな…………」
自分ではわからなかったけども、そうなのかもしれない。
ビナは肩を竦めて、微笑んだ。
「今日は、泊まって行ってください。私も、ビナさんの話をたくさん聞きたいのです。」
「へっ?わ、わたしの?」
「夫は、帰ってくると、私たちによく外の話をしてくれました。えっと、大きな羊さんがいらっしゃるのですよね。家の裏手に、騎士だった夫が使っていた厩舎がありますので、どうぞそちらで………お願いできませんか?メルーもきっと喜びます。」
なんて言われてしまえば、断れるものも断れないだろう。
「じゃあ、お世話になろうかな。」
ビナは、にっこり笑って頷いた。
後日、ビナとガフは町を出て王都に向かっていた。
それからしばらくして、流れゆく羊雲を流れ歩きながら、ビナは口を開いた。
「ねえ、ガフ。」
「メェー」
「あの人は、旦那さんに会えていたなら、どうしていただろうね。」
理解できなさそうに、羊はじっとビナを見て、ビナは肩を竦めてふにゃりと笑った。
「もし、わたしだったら…………」
例えば、の話なのだけれど。
「なんとかして殺していたと思う。」
それは、確実に、そう予想できた。
そのあと、王都までそこまで時間がかかる事はなかった。
しかし、そこでどうしても気になってしまったので、少し、例のイモータルについて調べさせてもらった。
そのイモータルは妻を求め彷徨い、自我は殆ど残っていなかったという。
コードは、『愛』だった。
この世界に、無駄なものがないというのならば、イモータルとなったしまったその男は、何故生まれたのだろう。
それは、誰にもわからない。
だが、これだけは、言える。
悲劇は、人を強くさせる。
きっと、その筈だ。