この世界では、
”言葉”が魔力を持っていた。

由良

おまじない

マリア/由良 > 【ソロル/タイトル未定/前編】 あの国境を超えれば、尊華帝国だ。 三年前に休戦協定が成ってから密偵の仕事は激減した。帝国に行くのは、実に半年ぶりになろうか。王都の端に位置するとある宿の窓辺から見える火山の霊峰をちらと見遣り、由良はまた、目の前にある鏡に視線を戻した。簡素な作りの鏡台に映るのは、泥人形みたいにくすんだ自分の姿。)「……仕事だよ、由良。」(鏡の中の自分に話しかけた後、小さく息を吸い込んだ。)「かけまくも あやにかしこし あまのつとへのちねのみこと。ひぢよりいづる おもだるの あやかしさ。さずけたまへ あやからせたまへ あやなしたまへ。あや かしこ、あや かしこね。」(白粉ののった化粧筆を手に取り頬を滑らせる。高いところはより白く、低いところは薄く濃淡をつけながら、ふんわりとした粉が肌を柔らかく見せるように、そして、醜いものを隠すように。“花蓮”は眉をひそめない。だから、ゆるりとカーブをつけて。花蓮の目は怖気づかない。だから、ほころぶように目じりを下げて。花蓮の頬は青ざめない。だから、ほんの少しの朱を入れて。花蓮の口は美しい言葉しか紡がない。だから――、)   (7/5 13:06:31)
マリア/由良 > 「がんばりましょうね、花蓮。」(鏡の前の自分に話しかけながらにっこりと口角をあげてみせた。貝の入れ物が美しい艶紅を手に取ると、薬指にとって唇にのせていく。貝の中では緑のような玉虫色に艶めいていた紅は、“花蓮”の唇の上で赤く色付いた。泥人形でも捏ねるみたいに少しづつ形作られていく人格に、由良は満足そうに息を吹き出した。雨が上がったら発つとしようか。――守山へ。)一旦〆