この世界では、
”言葉”が魔力を持っていた。

ヨハン

Say my name

マリア/ヨハン > (『ジョンってかわいい、犬みたいよね。』そう言って笑うオンナは、オレがいつも遊んでるグループの一人で、勝ち気なウェンディア人だった。)「オレの名前の事?……ああ、昔はよく言われたなあ。」(『あらごめんなさい、気にしてるなんて。そういうつもりじゃなかったんだけど』そう言いながら彼女はオレの首に腕を回してくすくすと笑った。)「いや、ガキの頃は気にしたけどね。今は誇らしく思ってるよ。……オレの名前にゃ、いや、”J”の頭文字にはふかーい訳がある……う~ん、聞きたい?」(いかにも聞いてほしそうに顔を近づけた。かつてオレが本当にガキだった頃、犬みたいな名前だとバカにされいじめられて泣いて帰ってきた日、親父のヒザの上、バスタブの中で聞いた話。この一族の神話めいた歴史の一部始終。彼女は興味があるのかないのかいまいち解らない態度で、話す間、オレの身体中にキスをしていた。)   (12/28 01:08:56)
マリア/ヨハン > 「……ちょっとちょっと、跡つけんなよ、親父にどやされるんだからさ。」(この頃からオレは放蕩三昧で、よく親父は『しょうもない女とばかり付き合うな』と小言を言ってた。オレはその度に「それって誰の事?多すぎてわかんねえや」と挑発していたけれど、最後までやらせてくれるオンナは居なかった。遊ばれてんのも解ってたけど、オレだって本気で入れ込んじゃいない。そんなふうに”割り切れる”自分の遊び方を格好良いとすら思ってたんだ。なんとなくオトナだってな。幸せだったかもしれない。ある意味。)   (12/28 01:09:03)
マリア/ヨハン > (それでも親父の事は尊敬してたんだ。あの街じゃ一番の金持ちだったし、仕事を愛してた。オレには兄が居たから家業は継げないって事が少しばかりオレにひねくれる余地を与えたけど、それでも親父の仕事ぶりは奴隷から成り上がったご先祖様の血を受け継いでいる事を彷彿とさせたんだ。徹底的で、容赦がなくって、ウェンディア人ばかりのあの町の中でうまくやって勝者に君臨し続けていた。それはいまいちピンと来ない太陽神の戒律なんかよりよっぽどシンプルに、オレの中で正しさとして腑に落ちるもんだった。ヨズア人だからっていじめられていい理由なんかない。でも、ガキの頃のオレには力が無かったから仕方がなかったんだ。悔しかったら成り上がれって、それがこの一族の家訓なのだとしたら、オレはそれを拠り所にするだけだった。――なのに。)   (12/28 01:09:09)
マリア/ヨハン > 「……えっ、引っ越しって、そんな急に。……ああ、解った。従業員達にこの店を任せて二店舗目でも狙いに行くんだ?次は王都?それとも……」(精巧な彫りの装飾がついたふかふかのソファにどっかりと腰を預け、足を組みながらヘラヘラと話しかける。話しているうちから、どこか上の空の親父の様子に気づかなかった訳じゃない。だけど、『ああ、そのうちな。』なんて言われてしまえば、そんな取るに足らないような違和感はすぐに吹き飛んだ。……親父が嘘をついていたんだと解ったのは、間抜けにも引っ越しが終わってからの事だ。)「……なあ、事業がうまくいったから引っ越すんじゃなかったのかよ?なんだよここ、こんなところで商売なんか……おかしいだろ、何考えてんだよ、なあ。」(親父はその得意の口先八丁でオレを誤魔化そうとしたが、なにを聞いても不信感が募るだけだった。   (12/28 01:09:34)
マリア/ヨハン > オレは、遊んでたオンナに別れを告げる時、こう言われた。『ああ、そう。じゃあもう遊んであげられないのねえ。かわいそうに。』と。……かわいそう?かわいそうだなんて言われる筋合いはないし、ああそう、だなんて随分あっさり……。感情を顕にして詰め寄れば、オンナはすぐにボロを出した。もう”金持ち”じゃなくなるオレに興味はないと、金をかけて会いに行くような仲ではなかったことなんて、互いに解った上で遊んでただろうと。オレは売り言葉に買い言葉で、そんな事を言っているんじゃない、もっと金持ちになるオレに見切りをつけるなんて先見の明がないな、となじった。オンナは言った。『ヨズア人が目立ちすぎる事をここの領主様が疎んじているのを知らないのはあなたくらいよ、ジョン。あなたのお父さんもかなりねばったものね、どんどん膨れ上がる上納金にいつ耐えられなくなるのかと思ったけれど。”そういう事”じゃないといいわね。私にも真相は解らないし。』   (12/28 01:10:03)
マリア/ヨハン > ―――親父の言い訳を聞けば聞くほど、その言葉が確信に変わっていく。オレは耳を覆いたくなり、耐えかねて机の上で腕を薙ぎ払った。ワインの瓶ががしゃんと音を立て、大理石の床の上でどくどくと血のような赤を流して絨毯を端から染め上げていった。)「……もうやめろよ……っ!!」(親父がウェンディア人の領主に屈した事よりも、何よりも、オレに嘘をつかれていた事のほうがよっぽど遣る瀬無かった。まだ親父を、家族をなんとか信じてみたいと痛切に思っているのに、オレにできるのは駄々をこねる事しかなかった。目の前のこの男が、オレをそう育てたんだ。オレは本当に犬みたいなもんでしかなかったんだろうか?)「……領主の野郎に屈したんだろ!?あんたが必死に店をでかくしてたのはどうしてか、オレはもう解ってんだ!”払えないなら出ていけ”って言われたら、そりゃあ意地になるよな、意地があるよな!払ってやるってさ。どうして教えてくんなかったんだよ!オレ、オレにできることだって、さあ……きっと、きっと……。」   (12/28 01:10:23)
マリア/ヨハン > (泣きわめく放蕩息子の肩を抱き、親父は何を言うのかと思った。悪かったとか、もう嘘はつかないとか、これから家族でやっていこうとか……そんな言葉を期待していた事に気づいたのは、やっぱり”違う”言葉を投げかけられてようやくだった。親父は言った。『くだらんプライドは捨てなきゃいけないんだ、そんな風に吠える前に大人にならなきゃいけない。お前はあの街に、ウェンディア人に食わせてもらっていた事をまだ解ってないんだろう。』……。赤い目を見開き、はく、はくと言葉にならない息が漏れる。オレが拠り所にしてきた誇りは、そんな処世術なんかに飲み込まれるほどちっぽけなものだったのか。……親父の言う事が全て理解できないわけではなかったけれど、もうとっくに引っ込みはつかなくなっていた。涙を見せまいとうなだれるオレにダメ押しのように親父が『もうそんな時代じゃないんだ、ジョン。』と言った。)「……じゃあ、じゃあさ」(オレは親父の肩を押しのけ、きっとにらみつける。どう言えばこのクソ親父を一番傷つけられるのかって考えていたような気がする。)   (12/28 01:10:35)
マリア/ヨハン > 「……オレの名前にも、そんな大層な意味は無かったって事かよ?……オレは、ヨズア人で、ヨハンで、そうじゃなかったのかよ、なあ親父。」(違うなら、どうか呼んでくれと願った。街で使う真名じゃなく、オレ達が隠し持つ武器のような字を呼んでくれと。……親父が口を開く前に、オレは兎のように飛び出した。オレにここまで言わせて、ただの慰めに成り下がった誇り高き名を聞きたくないと思っていた。――――『ジョン……!』―――咄嗟に出た名はやっぱり、犬でも呼ぶような気軽な響きで。オレはもう帰れやしないという事を、また遅まきながら思い知ったんだ。)〆【Say my name】   (12/28 01:10:41)