この世界では、
”言葉”が魔力を持っていた。

糸依

映る姿に輝きを灯して

清瀬/糸依 > (朝方、幾度目かもわからぬ、そして最後の王国での一日。ハヰカラとの別れを惜しむ此の場は、駅の隣に設けられた土産場である。名物の食べ物、精巧な造りの装飾品達、どこか機械的な日常品。古今東西、とはいかずとも尊華ではあまりお目にかかれぬ物が数多と並び、最後までこの国の特色を色濃く観光客に残していく。蔦を編み上げた手提げ籠を持ち歩き、私は暫し葛藤していた。手には上司から渡された、基押し付けられた三万価をそっくりそのまま握りしめ、食品コーナーを右往左往するばかり。その目的はというと、この高額な金を押し付けてきた火津彌少将その人に土産を寄越す為であった。足取りの覚束ぬ、若しくは親を探し彷徨う幼子のように、しかし神妙な面付きで棚に整列した一つ一つを品定めするのであった。)   (11/23 01:05:51)
清瀬/糸依 > 。)「些か、貴きものよ、なぁ」(皺をつくった眉間が硝子にそっくり映り込む。籠に一つ侘しげに収まっているのは、海南都で親しまれているという蜜柑茶葉の一つだけで、これでは到底足りるわけがない。此処等に並ぶ程度の品々では、手中の金を尽きさせるのに何個必要となることか。言っては悪いが、たかがそこまで親密でもない上司に幾つもの土産を渡すとなると、それは違うのではないだろうか。隣接しているのは何やら少しアンティーク調のブース。かちこち、と歯車を回す掌大の時計を手で掴んだはいいものの、首を傾げすぐに戻してしまった。……では、複数ではなく一つを。彼もいい年、ちゃちな物の数を揃えるよりは、一ついいものを贈ってやろう。思い立ったがさあ早く、案内板書の導くままに、床のタイルの裂け目を無心に追いながら電灯の下を練り歩く。人の多い方から逃れるように歩いて、更に歩いて、ある店が此方を待ち構えていた。)   (11/23 01:05:55)
清瀬/糸依 > 「てぃ……あむ?」(『ティヤムだよ、お嬢さん』下がった看板の四文字を独り言のように読み上げる。すると店主がそれを聞いていたらしく、からっとした愛嬌のある笑顔で此方へ話し掛けてきた。しまった、とまた溢れかけた言葉を口で塞ぎ、ブラウスから段々と顔へ上ってくる熱とばくばく煩い心臓の音を押さえつけようと、じっと固まった。声の正体はまだ若く年は差程離れていないようだが、大きな図体のそれといざ対峙してみると、長者の出す貫禄というものを胸のどこかに書き記したくなった。すると私は対比して、積み重ねたのは経験ではなく模擬ばかりである紛い物のように見えてくるのだ。赭色に焼けた腕をずっしりと組んで、男が看板を見上げる。私も習ってシャープな字体の文字に瞳を向け、ほんのたまに男へと視線を戻していた。──『これは俺の地元で伝わってる言葉でな、意味はー…ああ、なんつったかな。“初めてその人に出会った時の、自分の目の輝き”、だったかな』)   (11/23 01:06:14)
清瀬/糸依 > 「……麗しき名、にあり」(商品達はモデルとなり、パフォーマーとなり、自らを以てティヤムを魅せる側となる可能性を秘めに秘めているのだ。客の見せる瞳の輝きは、そのまま品物達の魅力となり、価値となり、纏う輝きとなる。途端に、ミントとミルクの色で結われたエスニックの絨毯が敷かれたその店舗は他のどの店よりも面妖に、そして可憐に、私へと手招きをする。店主は照れ臭そうに、また誇らしげに髪を掻いて、いきなりすまなかったとぼやいて店の奥に消えてしまった。)   (11/23 01:06:27)
清瀬/糸依 > 「……自分の目の輝き、と」(言葉にまた、魅せられてしまった。ちらちらと光る角張ったビーズの暖簾を通り、店の外から目星をつけていたそれを手に取る。ほんのり薄い桃色に金の蔦刺繍を塗りあげたティーカップは、お揃いのソーサーやコースターと離れたくないと此方に潤んだ瞳で懇願してくる。いじらしい姿、カップの縁を軽くなぞり、籠に放るは二人分。──なんだ、土産話までできてしまったじゃないか。貴方に出会ったら、この聞伝の小話をさも私が仕入れたように騙るのだろう。そんな小さな盗人は薄情だから、きっと貴方の抱える崩れそうな悩みも知らないだろうけれど。それもこれも、甘い砂糖をお茶に溶かして、ぬるま湯に茹だって、胸焼けを一つ。)【映る姿に輝きを灯して】   (11/23 01:06:41)