この世界では、
”言葉”が魔力を持っていた。

由良

一蓮托生

マリア/由良> (──人が限界を迎える時って、どんな感じだと思う?) (ダイナマイトに引火する時みたいにじりじりと導火線が短くなって、最後に爆発する?それとも、何かのきっかけでコップが倒れて、一気にそれが零れてゆく?……そのどちらも、恐らく正解。だけど由良の場合は、静かなものだった。大きなきっかけもなく、変革もない、平凡な水曜日。それはふと、閃きよりも静かに訪れた破滅への誘いだった。 この時、何か、この大陸が変わるのではないかという兆しを感じて、密偵の勘のようなものが働いて、由良は帝国軍へ忍び込んでいた。あっさりと見つかった時、もちろんそれは想定済みであったけれど、口をついて出た言葉は帝国軍の誰々に用事があるといったようないつもの嘘でもごまかしでも、その場を逃れる為の呪文でもなく、力が抜けたような観念だった。)「………ばれちゃいましたか。」 (あれからどれくらい経ったか。最初は要領を得ないようだった尊華兵も、今じゃ私に警戒の目を向ける。尊華兵…いや、番兵とでも言うべきか。由良は、帝国軍の中で閉じ込められていた。)   (11/11 16:18:30)
マリア/由良> 「軍人さん、これって捕虜扱いになるんですかね?……どうなるんでしょう?……ふふ、困るよね。殺す訳にもいかないだろうし……今、実質休戦中ですもんねー。」 (自棄になったような口調でそう語りかける。もう、花蓮でいることも半分辞めてしまったらしい。……限界はとっくに迎えていて、今はただ、『あぁ、コップから水が溢れてる』と覚めた目で俯瞰している、そんな気分だった。きっかけと呼べるものがあるとすれば、三年前の休戦協定だろう。あの時、密偵を辞めていれば良かったのに。ただの騎士ならば、今ここに居る軍人さんとも、友好関係を築けたろうに。仕方ない、きっとこうなる運命だったのだ。) (『処遇が決まった』と声をかけられたのは、それからどれくらい経った頃の事だろう。ただ、思ったよりも早かったな、と思った。……結論から言うと、帝国の裁決は由良を〝間者〟として引き入れる、と言うものだった。) 「間者ね……だけど騎士団には顔割れてるから……あぁなるほど、ダブルスパイってやつか。……んー、考えたね。……ただ、どうしてきちんと働く確信があるのか不思議でならないけど。」   (11/11 16:19:10)
マリア/由良> (なんて、下っ端に愚痴ってみても仕方ない。そこまで言うからには、逆らったら殺すという覚悟を持って命じているのだろう。……戦争を続ける気は無いから国に帰りなさいなんて言うわけないか。やっぱり、水面下では色々と策謀渦巻いているようだ。『わかりました』と形だけ返事をして、由良は〝捕虜〟としての最後の夜を迎える事となる。) 「疲れちゃったなあ」 「疲れちゃった………。」 (誰よりもこの国に執着していた自分が、今度は帝国軍の所属として働く事になる。……悪くないように思えるかもしれないが、心境としては最悪だった。由良はきっと、ただ〝花蓮〟として生きる言い訳のようなものが欲しかったのだ。花蓮として帝国にいる間だけ、本当の自分を忘れることが出来た。辛い密偵の仕事に身を置かなければ自分に言い訳すらできないほどに、彼女は生きるのが、あまりにも下手だった。正体がバレてしまった今、もう花蓮は死んでしまった。今更戻れやしないのだ。……答えは決まっていた。) 「……馬鹿な奴ら。武器を没収したところで、一番大事なものを奪うのを失念するなんてね。」   (11/11 16:19:34)
マリア/由良> (椅子から立ち上がり、地面に座り込む。小さく、詠唱を始めた。) 「懸けまくも奇に畏し 雨夙閇知泥。泥土より出る深淵の於母陀流よ、出で給へ、産まれ給へ、象り給へ、あやかしこ、あやかしこ。」 (地面から、土と水がぼこぼこと下から突き上げられるかのように盛り上がった。そこだけ沼のようになり、やがてそれは、人型になる。) 「神様、」「私を、────」 (由良の指令に答えて、ゆっくりと動く。さほど大きくはない、由良より一回りだけ大きいかもしれない。ちょうど成人男性くらいの大きさの泥人形。優しく肩を押して、由良を地に組み伏せる。彼女は、情事の前のように秘めやかに、目を逸らして頷いた。) 「………太陽の名の下に」 (泥人形が由良の首に手をかけた。呼吸が奪われて、視界が奪われて、最後に、感覚が奪われて、それで……由良は、花蓮とひとつになった。) (泥に落ちても根のある蓮は、いつか咲き誇る。そう信じた蓮葉の女は、清らかなまま、泥に沈んだ。)〆 【一蓮托生】   (11/11 16:19:55)