この世界では、
”言葉”が魔力を持っていた。

雅螺

お忘れ物は鶴の御心

極夜@雅螺 > 「──父上、白鶴です。ただ今帰りました」(普段の軽装とも言える着物ではなく、鶴のあしらわれた黒い着物に暗灰の馬乗り袴、きちんと袖を通した濃紺の羽織。馬から降り立てば、使用人が馬を引いて去って行く。顔の無い者を見ているようで、僅かに、吐気がした。此の家の使用人達は何時もそうだ。人心なぞありはしないとばかりに、上の者の命にだけ従って操られるお人形。嗚呼、まるで嘗ての己のようだ。連銭葦毛の馬をちらりと見送ってから、古めかしい門扉の前で伏せた瞳を上げた。顔も忘れかけていた実父が、己に人形であれと望んだ当主が、我が手を焼いた鬼が──そこに、立っていた。息苦しい。噎せ返りそうだ。尊華の蜜集う艶やかな街の方がまだ、呼吸も楽であったろうに。実父は感情のない瞳で、虫でも見るように、……嗚呼、だから嫌だったんだ。殆ど絶縁状態の癖をして、いきなり『偶には帰って来なさい』等と。今更、何のつもりで)『──天舞音は、上手くやっているか』(恭しく開かれた門扉を潜り、広大な敷地に居座る窮屈な屋敷へと足を踏み入れる。実父である筈の男は、冷ややかにただ、そう、尋ねた)   (8/10 01:26:35)
極夜@雅螺 > 「──、──ええ。上手くやっています。イモータルの出現やヨズアとの事も、処理出来ているかと。……ご心配なさらずとも、父上。あの子は此の家の正式な血縁です。蘭の家の名を継ぐ子です。失敗なぞ、有り得ませんよ」(──全く。呼び出したと思えば此れか。そんなもの、態々僕を呼び出さなくても文でも何でも飛ばせば良いだろうに、暇な事だ。否、解っているさ。貴方も、あの子の母上も、僕が側にいては不安なのだろう?華が穢されはしないか、濁りはしないか。……嫌になる──其れでも、能面を貼り付ける。無表情のまま、父の望む答えを。腹違いの兄と妹。兄は妾の子供。妹は正妻の子供。気にする事も少なくなって来ていた事実が、此の重い空気の下ではありありと蘇る。自分の答えに、実父は満足したのだろう。仮にも妾を孕ませたというのに、半分我が血の在する息子だというのに、歯牙にも掛けはしない。慣れてしまった事実から目を背け、静かな日暮の傾く西日を浴びる。こうしていれば、少しは、存在が薄くなる気がした。こうしていれば、少しは、あの杭を打つような眼差しを見ない振りが出来るかと──そう、馬鹿馬鹿しい事だ)   (8/10 01:26:56)
極夜@雅螺 > 『白鶴。呉々も、天舞音に妙な真似はするなよ』(呑み込む)『妾の子供のお前なぞ、本来ならとっくに縁を切って』(呑み込む)『全く。何故天舞音のように出来んのだ、お前は。──もう良い。帰れ。自分の居場所でない事なぞ』(言い掛けた言葉を、全て飲み込む。呑み下し、嚥下し、表情を削ぎ落とし、父親と実感出来ないひとをただ、見下ろした。能面の使用人が、ろくに休めもしなかったであろう連銭葦毛の愛馬を厩から引き出す様が、遠くに見えた)『とっくに解っているだろう』(──夕焼け小焼け、薄雲が紅く照らし出され、金箔に似た光がぱっと砕け散る。時間にすれば僅か数時間。もう日も暮れる、泊まって行きなさい。元気にしていたのか。何か食べて行くと良い。散り落ちた陽光に、甘い言葉を夢想した。嗚呼、裏切られたなんて思わない。家族の形としては異常だ。けれど、生まれた時からきっと、こうだった。だから今更何も思いはしない。夕暮れの向こう、手を繋いで帰ろうなんて、呆れた空想は遠い昔に棄てたのですから。夢を見るのはやめて頂戴。夢に魅せられるのはもう御免だ)   (8/10 01:27:11)
極夜@雅螺 > 「妙な真似?貴方が俺の手を焼いたように?其れとも日がな一日元帥になる為の課題に取り組ませて自由のなかった日のように?……は、馬鹿げたものだ。俺があの子にそんな事をする筈がないだろう」(門を出て、窮屈な正装を緩め、馬の軽い足音を伴侶に謳う。嗚呼、目の前で言う事が出来ればよかった。其れができない自分は、何時迄も弱い。足枷を付けて引き摺られるだけの、愚かな鶴。見失った心は何処で削りとられてしまったのだろう。落っことしてしまった良心は、きっとあの家にあったのでしょう。削ぎ落とすだけ削ぎ落とし、何も与えてはくれなかった。そうして、現役の時代に兵士を人形の如く使い潰し、容赦なく命の灯火を消したあの日の自分も、そんな存在だったのでしょう。────夕焼の下に希うなら、過去を祈って願うのならば。一度で良い、【  】みたいに、頭を撫でて欲しかったの。頑張ったね、なんて高望みはしないから。なんて、ねぇ、──夕暮れの下の、与太話)   (8/10 01:27:27)