この世界では、
”言葉”が魔力を持っていた。

火津彌

六価銭

マリア/火津彌> 【六価銭:プロローグ】   (10/15 16:49:19)
マリア/火津彌> がたたん、がたたん、がたたん………。蒸気機関車は先頭から、ずるずると繋がる線香の煙のように黒い雲をひっぱって一直線に山間の線路の上を駆け抜けていた。枕木に当たるたび、藤で出来たつり革やら、硝子窓の留め金やらと言った車内の調度品が揺れてかちゃかちゃと音を立てている。席同士が向かい合い、白いクロスのテーブルが真ん中に設えられた特別車両の中に腰を下ろして、火津彌少将は沢山の四角い額縁に縁取られたような緑がさあさあと流れてゆくのを見つめていた。この峡谷の大橋を越えれば─────西の国、ウェンディア王国だ。)「おや」(耳を劈くような大きな汽笛の音がしたかと思えば、ゆっくりと機関車が失速して、橋の真ん中でぴたりと止まった。窓を上にすこんと開けて下を覗き込む。何やら、問題発生のようだ。)「こんなところで止まるとは。いやはや縁起が悪い事……。」(狐面の下で口角を歪めて苦笑いをすると、緩慢な動きで座席に再び深く腰を預け直した。……しかたがない、何とかなるまで────────少し、眠るとしよう。)   (10/15 16:49:32)

マリア/火津彌 > (……………煙や。)『もし。』(………煙たい。なんだか──……)『……もし、お兄さん。』(……)「……」   (10/16 20:19:30)
マリア/火津彌 > 『もし、お隣を失礼しても構いませんやろか?』(声に気が付きふっと目を覚ます。首を少し回すと、向かいの座席の横に白い着物を身に着けた一人の女性が立っていた。)「………あぁ、ええ、……どうぞ、気がつきませんで、すみません。」(軍帽を被り直そうと頭に手をやると、くしゃっと髪の毛の手触りがした。おや、寝ている間に落としたか……首を回すと、硝子に映る自分の顔が映る。……あれ、何や。僕は軍帽なんて初めからかぶってはおらんかったやないか。)『お兄さん、どちらまで?』(女性がそう声をかけてくる。不思議と見覚えのある顔やった。)「………あなたは?」(あなたは、誰ですか?)『……うちは、母さんに会いに行くところなんです。』(ふい、と女性が車窓の方に目線をそらすので、僕もつられて外を見る。外は深い霧に覆われて、何も見えやしなかった。)「えらい、濃い霧ですねぇ。」『霧とちゃいます』「え?」(にっこり笑ってから、彼女はじいっと僕のほうを見つめた。それでどうしてか、ばつが悪いような、申し訳のないような気持ちになって、僕は膝の上に両拳をおいたまま俯いてしまった。)   (10/16 20:19:36)
マリア/火津彌 > 「……遠いところにいてはるんですね。」(苦し紛れにそう漏らして、上目がちに顔を上げた。女性はまだ、細く切れ長の瞳でじっと僕を見ていた。)『いいえぇ。……やけど、長い事会うことが出来ませんでなあ。ようやく会えますわ。』(彼女は窓から身を乗り出すと、白い着物の袂をまくって、細い腕があらわになるのもいとわず伸ばして下を指さした。)『この川を超えたら。』(指のさす方へ目を向ける。そこにあるのは、やはり白い霧だけやった。)「……げほっ……。」『あら、目、どうかしはったん?』(僕の目がおかしいんやろか。目をこすると、手の汚れが染みたのかなんなのか、涙が滲んだ。)「いえ、お気になさらず。」(にっこり笑って、彼女は座席に座り直した。霧が社内に入り込み、もうもうとしてきた。)   (10/16 20:19:42)

マリア/火津彌 > (『乗車賃を拝借します』という声とともに、ふっと目の前が暗くなる。顔を上げると、表情のない車掌が片手を出していた。)「……切符ですかな?」(車掌は、何も言わずに手を出している。向かいの座席に座る女が『六価、あれば宜しおす。』とつぶやいた。)「……六価。」(ポケットをまさぐると、ちゃりちゃりと冷たい硬貨の感触があった。手に出してみると、それは一枚、二枚、三枚、……五枚あった。)「これしかありませんで。」(がたん、がたんと大きく揺れて、列車が止まった。)「……え?」(空気は寒々しく、冷え切っている。はて、秋だったはずが、いつの間にか冬になったのだろうか。表情のない……いや、顔のない車掌は立ったまま凍りついたように動かない。はっとして前を向くと、そこには、先程とは違う女性が居た。)「………姐さん?」   (11/10 18:54:24)

マリア/火津彌 > (『では、同伴者は』と冷たい声で車掌は言った。女は……いや、姐さんは曖昧に微笑っていた。車掌は『あなたがそうですか』と姐さんに顔を向ける。……ああ、そうか。ここは、そういうことか。三途の川は、初めての相手と共に渡るのだと、聞いたことがある。煙はいつの間にか列車そのものになって、月光を覆っていた。姐さんが手を差し伸べる。この手を取れば、僕も”母さん”に会えるんやろか。うつろな目でその手を取りそうになる。)「……」(初めての相手とならば、三途の川を渡れる。ならば、ならば……)   (11/10 18:54:30)

マリア/火津彌 > 「……いいえ。……違います。この人は、椿姐さんは、僕の”同伴者”ではありません。」(解っていた。この人は、もう死んでいるこの人は、椿姐さんや。僕の母さんは、僕の初めての女は、瑞穂姐さんはまだ、生きているのだ。)「……」(『そう』と椿姐さんは言った。こちらをまっすぐ見つめて、開いた口の形を見つめる。その口が”月弓さん”と言うのではないかと、目を見開いたまま喉を引き締めた。何故、此処で父上の事なんぞ……。)(『月光』)(姐さんは、そう言った。その一言を聞いた途端、霧が頬について水滴となったようやった。『もう、良いんやな』)「……はい。」(水が、ぽたぽたと漏れて溢れた。)「僕には、もう、鼈甲飴を買うてくれる人が、他に居ますから。」(不思議な感覚だ。何もかも解っているような気もするし、何も解っていない気もする。姐さんは悲しげに、だけど、どこか満足そうに微笑んだ。――あるいは、僕がそう見たかったのかもしれないが。)   (11/10 19:05:34)
マリア/火津彌 > 「すみません、姐さん、僕はまだ……死ねませんので。」(初めて、あなたに、直接、懺悔をした。これが夢なら、幻なら、なんて罪深いものだろうか。憑き物が落ちてゆくような感覚と共に、罪悪感は増すばかりだった。姐さんは『阿呆やなあ、月光。お前なんぞおらんでも、うちは。』とわらった。その気の強い口調は椿姐さんそのものやった。)「……」(『もうすぐな、娘に会えるのや。……随分長い事、お前の子守をしてくれたから、今度はあっちで二人ゆっくりさせてもらおか。』どこか、僕を責めるかのようないけずな口ぶりだった。それが却ってありがたくて、申し訳なくて。涙がさめざめと止まらなかった。)「……はい。」(姐さんが言う。『お前の妹は、観月というんや。』)「……観月。」(ああ、なんて因果な名を付けたのだろう。椿姐さんと瑞穂姐さんは、果たして本当に憎み合っていたのだろうか?『お前の字を耳にした時は、笑い転げたものや。……なぁ、火津彌。あんたは紛れもなく、瑞穂の子で、そしてうちの息子や。』)(言葉に詰まっていると、車掌が『では、お降り下さいませ』と促した。ああ、もっと話したい事があるのに―――いや、)   (11/10 19:13:42)
マリア/火津彌 > (もう、――何も、何もありはしないか。)「……さよなら、母さん。」(姐さんが言った。『さよなら、月光。』)   (11/10 19:14:25)

マリア/火津彌 > (目を覚ますと、そこはトンネルの中やった。『軍人さん、まだいたんですか!早く避難してください。止まった場所が悪かった、練炭の煙が充満してましてね、このままじゃお陀仏ですよ、さ、早く。』と、声を描けた車掌には、当たり前だが顔があった。車窓に映る自分の顔は、もう幼い自分ではなく、老け顔の軍人・火津彌であった。)「……そ、そうか、……‥」(頬についた水滴を拭いて、列車を出る。とんだ災難……いや、とんでもない幸運かもしれない。ポケットの中を確かめて、そこにあった硬貨の数を数える。一枚、二枚、三枚…五枚だ。)「……命拾いしたなぁ。」(果たして列車が復旧するまでにそれほど時間は要さなかった。煙からようやく逃げ果せて、振り返る。―――僕をずっと観てくれていた、厘都に、帝都にたゆたうすべての煙から。)〆   (11/10 19:21:25)